J-HOPE
チョン・ホソク
1994年2月18日生まれ
4人目はBTSのダンスマシーンJ-HOPE(チョン・ホソク)。
地元光州でストリートダンサーとして「スマイルホヤ」の名で活動していました。
当時からかなり実力があり、知名度もかなりあったそう。
BIGBANGのV.Iが設立したスンリアカデミーに通っていました。
BTSではラッパー兼メインダンサーという立ち位置ですが、J-HOPEの専門はストリートダンス。
パフォーマンス中の彼の表情には要注目です!
J-HOPEは大手事務所のJYPのオーディションを受けたという経歴があります。
練習生だったかは不明ですが、今JYPのアイドルとして活躍していた可能性もあったということですね…
なかなかデビューにこぎ着けることができなかったJ-HOPEですが
そんな彼に訪れた転機は、通っていたスンリアカデミーで行われたオーディションでした。
オーディションに訪れたのはBig Hitの関係者たち。
生徒に実際にダンスを踊ってもらい、それを撮影する方式で行われました。
オーディションは順調に進み、休憩をとることに。
しかしJ-HOPEは休憩の2~3時間ほとんど休むことなくダンスの練習を続行。
そこにBig Hit関係者が戻ってきて、「この子は絶対いける」と練習生に迎え入れることを決心したそうです。
JIMIN
パク・ジミン
1995年10月13日生まれ
5人目は現代舞踊を取り入れたしなやかなダンスが魅力のJININ(パク・ジミン)。
釜山出身のJIMINは韓国芸術高校に首席で入学しました。
もちろん在学中の成績もトップクラスで、教師たちからは「将来は現代舞踊の担い手に」と
期待されていましたが、そんな期待の中、上京して芸能界入りを目指すことにしたJIMIN。
当時は周囲からやめた方がいいと、反対されていたそうです。
その反対を押し切り、見事BigHitエンターテイメントの練習生として加入しました。
しかし、本人も語っていた通り何度も落第させられそうになり、デビューショーケース直前まで
自分のデビューは知らされなかったそう。
当時はかなりの緊張や不安があったのではないでしょうか…
‘‘韓国芸術高校に首席で入学‘‘
この話は有名ですが、入学後も成績はトップクラス。
将来はダンス関連の仕事に就こうとしていたそうです。
そんなJIMINの学生時代の映像をいくつか見つけました。
デビュー当時の面影がありますが、ダンスのレベルは周りと比べて格段に違いますよね。
特に全身についた程よい筋肉が、彼のしなやかなダンスを助長しています。
続いて世界に誇る顔面を持ちながら不思議な性格のV(キム・テヒョン)。
Vは防弾少年団の「最終兵器」としてデビュー前ギリギリまで非公開だったメンバーです。
そのため、デビュー前から更新していたSNSやYouTubeログには登場できず、かなり寂しい想いをしたそう。
そんなVの支えになったのが同い年のJIMIN。
Vの後ろ姿だけ公開するなど、顔が写らない範囲でVの存在をアピールしました。
そして防弾少年団のメンバーは勿論、その中でも特にVにとっては待ちに待ったデビュー。
デビュー後1通だけ受け取ったファンレターをVは繰り返し読んで、メンバーに自慢したそうです。
Vは学生の頃にサックスを習っていて、大会で金賞を獲得した経歴もあり
将来はアーティストになりたいという夢がありました。
防弾少年団に入ったきっかけは『八道江山』を聴いてから。
防弾少年団結成前、当時すでに練習生であったシュガ、J-HOPE、RMの3人の『八道江山』を聴いて
加入したいと強く思ったそうです。
防弾少年団の中で元々ラップをやっていたのはシュガとRMの2人のみ。
そこでJ-HOPEかVをラッパーにするという話がありましたが、Vは歌手になりたいという夢もあったので
J-HOPEがラッパーに選出されました。
JUNGKOOK:G-DRAGONに憧れ芸能界を目指す
JUNGKOOK
チョン・ジョングク
1993年9月1日生まれ
最後は黄金マンネJUNGKOOK(チョン・ジョングク)。
ジョングクはBIGBANGのG-DRAGONに憧れて芸能界入りを目指しました。
大型オーディション企画である「スーパースターK」でオーディションを受けていた映像が話題です。
今では何でも完璧な黄金マンネジョングクですが、当時はまだ魅力を発揮できず
スーパースターKも予選脱落してしまいました。
ジョングクの芸能界への道は閉ざされたかのように思えましたが、
なんと有名事務所7社から名刺を渡される事態に。
Mnetで放送された内容によるとその事務所はJYP、FNC、CUBE、STARSHIPなど…
その中にBigHitの名刺もあったということです。
先ほども説明した通り、BigHitは当時は無名の弱小事務所。
そんな状況でBigHitを選んだ理由はリーダーのRMでした。
スカウトを受けてBigHit事務所に見学に行ったところ、RMの姿に感銘を受けてここにしようと
決心したようです。
練習生加入当時はダンスに感情がないと、アメリカに単独で留学。
そこで後に黄金マンネへと成長する芽が出ました。